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スティーブン・タイラーの国家独唱に物議!?

スティーブン・タイラーの国家独唱に物議!?

 22日のNFLのAFC王者決定戦の試合前に、国歌を独唱したエアロスミスのボーカル、スティーブン・タイラー(63)の歌唱が全米で大きな物議を醸している。
 「国歌を虐殺する」「国歌が台無し」などの批判が相次ぎ、タイラーが審査員を務める人気番組「アメリカンアイドル」で「次のラウンドに進めるのか」と揶揄する声も。「キーが外れ、歌詞もめちゃくちゃ」との声がある一方、ロック歌手らしいパフォーマンスに「そんなにひどかったか?」と擁護する声も出ている。(SANKEI EXPRESS)

参照記事⇒http://sankei.jp.msn.com/world/news/120125/amr12012510040002-n1.htm



実際のところ、どうなんでしょう?

聞いてみましょう。

       







・・・いつも通りのスティーブン・タイラーだと思うんですが?

特に、良い・悪いとは感じませんでした。

しかし、この動画に低評価をしている人は2000人以上いますね。(高評価は大体4000人)




自分はアメリカ人ではなく日本人で、しかも長らくスティーブン・タイラー(というよりはエアロスミス)のファンで、それを了承し記事を読んだ上でこの動画を見たので、自分の視点には確実にフィルターがかかっているでしょう。

こういう感じでプラスの方向にバイアスがかかっているので、自分は正常な判断が出来ていないのかもしれません。




思うに、“ロック”というものって情動優先の音楽ではないでしょうか?

当然、技術があるにこした事はないと思いますが、そういうある種の情動がない場合、それはもう“ロック”ではなくなってしまうと思うんですよね。

そのある種の情動って、大抵は年齢と共に解決・解消・消失していくものだと思います。

世阿弥の「風姿花伝」に出てきていた「時分の花」を連想します。
(時分の花 : 年齢によって現れ、年齢が過ぎれば散っていく花)





もう一点。

歌に限らず、独唱や独奏の難易度の高さでしょう。

いうまでもなく、ムチャクチャ難しいです。

今回のことを例に考えると、これは単純な旋律をそれのみで音楽的にサウンドさせなければいけない訳です。

しかも聞く人の心を揺さぶるレベルで。
(とはいえ今回の場合は、“国歌”からのバイアスを確実に受けてしまいますが・・・)



少し想像してみてください。

例えば、「ふるさと」や「夕焼小焼」のような童謡(ですかね?)を己の歌・旋律の演奏のみで、聞く人の心に訴えることが出来るかどうかと言うことを。








こう考えていくと、問題は公の場での国歌独唱を誰に任せるかという選択ではないでしょうか?

そうなってくると、“公”や“国”という概念、それを大多数の人間がどう捉えているか、等の話になってしまいそうです。

また国籍(母国)によっても差異が出てくるかもしれません。



・・・あまりにも話が広がりすぎるので、この辺で留めておきましょう。



ただ、素晴らしい音楽・演奏はそういった問題を超えていく、というのが自分の信じていたいと思おう持論です。


「音楽に国境は無い」と言葉にしてしまうと、あまりに陳腐で味気ないですが・・・
(まぁ、コレは自分自身の言葉の重みが原因でしょうがw)










なんかチラシの裏にでも書いておけよ、って感じですねw

無い頭を使ったので疲れましたYO

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